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『大正時代の身の上相談』は、実に考えさせられる文庫でした。
といいますのも、単純な本の評価だけで語ることができない、
ぜひ読むべきです!とオススメはできるのですが、
この本はダメな本でもあります。と添えねばならず、どうにも座りが悪いのです。
本というものには、編集者がつくものです。各人各様の編集理論、編集術がありますが、
私の考える最高の編集とは「シンプル」です。
読みやすいことであったり、理解しやすいことであったり、ゴテゴテと図表やイラストを
用いたりしないこと。これは、読み手に配慮してのことです。
格好をつけてはおりますが、つまるところ飽きっぽい私が読むときにストレスを感じないか
どうかが基準となっていました。それがどういうことか、この本は私とは真逆の
編集哲学(んなもんがあるの?)でつくられているものですから、座りが悪いのです。

大正時代の身の上相談というだけあって、基本は大正時代を生きた方の身の上相談が
主で、それに当時の新聞紙面上の編集委員が悩みにウィットに富んだ返しで答えるという、
軽妙なやりとりが面白く、明治の生まれの人間でも(大正時代に相談するくらいですからね)
今と何も変わらないんだなと感じさせられる相談文が楽しい一冊です。

ただ、その編集が最悪といってもいいもので、まったく受け付けないのです。
これは個人の好みの問題かもしれませんが、この最悪の編集部分をすっ飛ばすなり、
ささっと切り取ってしまうなりしていただければ、エンタメ本としては上々の仕上がり。
寝る前にひょいと読むのに丁度いい文庫となるわけです。

では、一体全体何が気に入らないか、ちょっと込み入った話になるのですが、
以下の画像をご覧ください。見にくいと思いますので、クリックしていただければ
これでもかと拡大できるようにしてあります。

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例えばこの仕上げ方。何が悪いのかわかりにくいと思いますが、本の紙面に対して、
文字が多過ぎるのです。よくご覧ください。ページの上部を天、下部を地、
綴じてある方をノド、その反対を小口(前小口)といいますが、そのいずれにも
一杯一杯まで文字が書いてある。窮屈過ぎるのです。これはやっちゃいけない代表格。
加えて、字間と行間も近く、読み手にまるで配慮がない。
上から下まで目一杯、小さい文字をズラズラっと書いてあると、自然と目を動かす距離も
伸びますから、読者は疲れてしまうのです。
こんな構成を提案すれば、デザイナーに「版面が広過ぎるぞ、バカ!」と、
電話で怒鳴られてしまいます。私は版面が狭く、ビビり過ぎだ!と怒られましたが。

文庫の体裁上、最少のページ数で最大の情報を詰め込もうとしてのことかもしれませんから、
はじめは私もいうまいと考えていました。ところが、そうではないようなんですね。
それが以下の画像です。

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本は、1章、2章というふうに、まとまりごとに区切られることが多いですよね。
この1章から2章に移るとき「第2章◯◯◯◯」といった具合に表紙のようなものが挟まります。
これが章扉(他にも呼び方はあると思いますが)です。
この本では、本来「章扉」となるべきページ(画像でいうと左側のページ)に、
かつての文豪の名作の中から、本文とはまったく関係のない部分の引用が載っており、
早い話がページの無駄をやっておるわけです。編集者の腕自慢、
ドヤ顔が透けて見えて悲しくなります。編集者の力で本が出ていることも事実ですが、
それでも編集は黒子。主役は作家であり、それすら本文の前では脇役です。
ミステリー小説の登場人物、シャーロックホームズを知っていても誰が書いたかわからない。
そんな方がたくさんおられるように、本は中身が真の主役なのです。
それをなんですか、これは。無意味な紙の使い方をして。
こんなページが章末ごとに延々と続きます。このページの裏は当たり前のように白紙で、
白紙の次のページには立派な章扉(ゴテゴテとしたイラスト付)が挟まっている。
こんなことをするくらいなら、バッサリ切ればよろしい。
本というのは16ページないし32ページ単位で作られているのですが、
この本の作り方なら32ページバッサリやれます。いりません。コスト削減のためにも
切っておくべきところですし、読者だって喜びませんよ。
読みにくいわ、自己満足だわ、価格も高くなるわで。
ページ数を減らすと、粗利がどうのというのであれば、文字の大きさを上げるなり、
字間を広げるなりすればいいだけのはなしです。

大正時代の人生相談と、それへの解答だけで十分面白いものを、現代人の編集者が
しゃしゃり出て、相関図だの、当時のイラストだのを思いつくがままに並べ、
オチがついたものを解説していい気になっているのです。
ギャグの解説をされるほど、冷めるものはありません。
身の上相談とその解答のあとに、何やら一言コメントみたいなものを現代人が小賢しく
書いてありますが、その辺はすべて読み飛ばしていただきたいところ。
加えて巻末に寄せられた解説文のお粗末さ。有名な作家に一声貰えば、駄作でも
売れんじゃねーの?みたいなね、商魂が見え隠れしてガッカリします。
これも要りません。あるがゆえに本作の面白さが減じます。

編集者がやりたい放題で好き勝手に盛りに盛り、本文はギッチギチに詰めた上に、
解説文の後に自社の既刊の宣伝がしこたま載っている。
既刊の宣伝というのは、ページが余ったときの対処法なんですね。
既に述べました通り、本は16ないし32ページを単位としています。
ですが、本文はそう都合よく終わらないわけです。16ページの本を作ろうとして、
17ページになってしまった場合。どこかを削って16にするのですが、
どうしても上手くいかないときは、16+1とはならず、16+16となってしまい、
15ページも余白が続くわけです。こりゃ弱る。きっと会社の電話が鳴り倒します。
「印刷ミスがあるぞ!どういうことだ!!」といった具合の苦情で。
それは困りますから、さも当然と自社の既刊情報で埋め合わせをするんですね。
この本は、やたらと既刊の紹介が長く、ちくま文庫の編集方針かと思い、
それぞれ引っ張りだして見比べてみましたが、既刊紹介ゼロの文庫もありますので、
やはり埋め合わせ要因です。
長々と書きましたが、つまるところこの本の編集者は、ページの管理すらできていない
ということなのです。
文庫というのはシリーズなわけで、こういった作品が紛れ込むだけで読者は離れます。
あそこの文庫はああだ、こうだといわれてはタマランはずなのです。
本の命は、細部に宿るもの。
東京国際ブックフェアのたびに、筑摩書房ブースへ真っ先に飛び込む
「ちくマニア」としては、残念至極です。

それを差し引けば、あとは買うに値する一冊ですので、ぜひ一度、明治に生まれ、
大正に生きた人々の悩み(&江戸に生まれたかもしれない彼らの親の悩み)を
のぞいてみてはいかがでしょうか。


『わたしのせれくしょん』

 
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