「このイカサマ野郎!」昭和の大衆文学にはこんな表現がたくさんあった。イカサマの由来は諸説あるが、個人的に好みなのはイカは死んだふりをして水鳥を捕まえるから「烏賊」と書くという中国の故事から、ズルい奴という意味で「烏賊様」となったのでは?という俗説だ。ところで、「このイカ野郎」でも罵倒語として成立することはご存知だろうか。
 

 以前、成年コミックを研究(と称していただけ)していた際に、イカはロリコンであるという表現を目にした。実に学のある作家だと感心した覚えがあるが、その理由は受精可能な状態に成熟する前のメスにオスが前もって精子を打ち込み、成熟と同時に受精するという人間界ではとても許されないような交配法を行うためだ。しかし、色々な資料映像を見ても、イカの交接は人間やその他動物と大差なく、たまたまそういうことをするロリコン野郎がいるのかと思っていたのだが、本書を見ていて驚いた。酒のつまみの大定番、スルメイカがこの交接法だったのだ。


 イカの寿命は1年周期である。スッテ、エギと呼ばれる疑似餌を投げて釣っているから、そのことはよく知っている。中には貪欲なイカもいて、メスを抱いたまま人様の疑似餌も抱きかかえてくるのだから手に負えない。1mもあろうかというイカが2杯もぶら下がってきた日には、竿がへし折れるかとヒヤヒヤする。さて、釣り談義はこのあたりにして、イカの寿命は1年だが、先にスルメイカが交配するのは受精可能になる三ヶ月前だという。人間の年齢に換算すると…無粋ではあるが、ここは厳密にロリコンではなくペドフィリアであると述べておこうと思う。改めて書くまでもないが、「このイカ野郎」もかなりの罵倒語だった。


 昔、活きイカを家庭に直送するサービスがはじまったころ、薬のカプセルを大きくしたような形のビニール袋に、特殊な水を入れて鮮度を保ったまま離島のイカを送る工場を見学したことがある。その行きの船は大荒れで、一緒に(船)酔い覚まし海原を眺めていた友人が、「トビウオだ!」と叫んだことを思い出す。仲間たちはトビウオが見られてよかったなどと口々に話していたが、八丈島沖でしこたまトビウオを見、食ってきた私はなんともいえない感情を抱いて愛想笑いをした覚えがある。「あいつは“トビイカ”だよ」といえばよかったろうか。イカは飛ばないと笑われただけだったろうか。


 世界一イカを食う民族にも関わらず、我々はイカのことを何も知らない。



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