まるで何ンにも迫れていない。テレビがインターネットが嫌いな理由をあげつらって笑うのかと思えば、テレビ局の人間の姿勢が気に入らないから、ネットが嫌いなんだという飛躍理論。個人的怨恨の線で操作がはじまる世界だ。しかもこの著者、日経BPの社員というではないか。つまり、単なる記者のツイート、怒りを出版したわけだ。会議の資料にでもしておけ、といわざるを得ない。なんともガッカリさせられる一冊。

 そもそものっけからタイトルが気に入らなかった。『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』…なぜの登場が遅過ぎやしないか。「なぜ」などという言葉がなくとも読者の興味を惹くことができれば申し分ないが、なかなかそうもいくまい。そこで「なぜ」を用いることになる。しかし、この用法は流れとしてマズ過ぎる。学生のレポートだとしてもお粗末だ。『なぜこんなところに「なぜ」を用いてしまったのか』という日本語解説本が書けてしまいそうである。日経BPの記者、出版部の人間の目が節穴だと宣伝しているようなものだが、なあに、気に留める必要はない。中身も寸分違わぬ節穴だからだ。


 なぜテレビ局がネットが嫌いな理由を書かなんだ。テレビが既得権益であり、CM収入で番組が制作され、キー局に地方局が隷属化されている。そんなことは、こういう本を手に取る人間は当然に知っている。電波利権がどのように扱われ、肥大化してきたか。詳細までは知らずとも、わかっていることだ。ネットがテレビのコンテンツを食うかもしれない。いや、食うだろう。そんなことはメディアの変遷を見てきた人間なら類推できることだ。アメリカの歌にもあったろう。ビデオ(テレビ)がラジオ・スターを殺したのだ。ネットがテレビの既得権益を奪うから嫌い。そんな結論ならば、本にせずとも前の一行だけで済む。読者が求めているのは、玉石混淆とはいえネットに真実があり、テレビに真実がない現状への言及ではないのか。情報の統制ができなくなってきているからテレビはネットが嫌いなんだという結論が欲しいのではないのか。こんな幼稚なものを出しているのだから、たかだか知れている。任天堂関係で飛ばし記事を連発してきた日経新聞もまた、殺される側の既存メディアということか。



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